いせゆみこ的日々。食いしん坊日記。
父方の祖父が亡くなり、再び岩手の実家に帰省しました。

img20080827.jpg

97歳。
「天命を全うした安らかな眠り」です。
5年前からは足が動かなくなり、介護老人施設に
入院していました。

子供の頃から、お正月やお盆にはたくさんの親戚一同が集まり、
おじいちゃんにご挨拶しにゆくのが習慣でした。

厳格で、しきたり、本家の威厳がそのまま歩いている様な
怖いイメージだった祖父。
でも、ぽつりぽつりとしか話さないけど、ひとつひとつの
発言に冗談がまじっていて、おじいちゃんが口を開くと
おばあちゃんがつっこんで、みんな笑いました。
独特なトーンでした。
今思えばとてもおちゃめなおじいちゃん。

年下の従兄弟曰く、
「おじいちゃんて万俵大介みたい」
この期にこの名が浮かぶのが面白くてウケたけど、
なんかわかるなぁ。

祖父には私を含め、孫が12人。
子供の頃、毎日の様によく遊んだ従兄弟たちが、
通夜で全員集合しました。
10年ぶり、はたまた20年ぶりに再開した人もいて、
なんて懐かしいの!!
でも、記憶は子供の頃で止まってるものだから、
当たり前だけどすっかり大人になった従兄弟たちに、
時間の流れと人の成長に軽い衝撃といいますか、
なんだろねこの感じ、浦島太郎。

知らない大人みたいだけど、話すとやっぱり従兄弟だから、
大きくなったみんなと一緒に、おじいちゃんの供養が
できてよかったなぁと、しみじみ。


あと、写真でお気づきの方もいるでしょうが、
私の家系は代々キリスト教。
宗派はギリシャ正教会です。

弔問時には、当然お線香。
ではなく、
献花です。
通夜は祖父の本家で、葬儀は教会で行いました。

弔辞は、大船渡市長じきじき。
教会に入れなかった人は隣の信徒会館のモニターで
中継を見るという形。

どちらも、生前おつきあい頂いた方々がたくさん
来てくださいましたが、仏教徒の多い日本に於いて、
キリスト信徒でない方はやはり教会でのお葬式に
戸惑うので、私はそのフォローなどのお手伝い。
してたんだけど、
ぶっちゃけ私自身、教会の葬儀には初めての参列で
知らない事だらけでした汗


そんなこんな葬儀を終えてバタバタと、6時間かかる
東京への道すがら。
メールを打つ最中に恐ろしい睡魔に襲われ、
その手を新幹線の肘掛けに強打。
イテエ!
ご挨拶とか慣れない大人な対応、けっこう疲れたみたい寝る

Comments

    • 247's comment
    • 2008年09月01日 22:07
    • 97年の人生。。。私たち次世代には想像もつかない程長く大きいもの。。。傍にいるだけで、感じ学び得ることが多い。その懐は深く、いつでも温かく受け止めてくれた筈。
      247自身、亡き祖父母から与えられた愛情という名の包容力に支えられ今があるのだと思っているよ。
    • いせ's comment
    • 2008年09月01日 22:27
    • >247さん
      ありがとう。
      そうですね。
      247さんのおじいちゃんおばあちゃんだからなぁ。
      そうとう愛情深く育てられたのだろうと想像できます。

Add Comments

名前
URL
 
  絵文字
 
 
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ